<論文紹介> 身に着けられる「パーソナル冷房」の実現につながるか / 米ペンシルバニア州立大学のグループが開発した新材料が有望に (Advanced Materials)

Credit - kazoka/Shutterstock

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今日は東京の最高気温が30℃に迫るなど、全国的に暑い一日となっています。こんな日には、少しでも涼しさをもたらしてくれるような論文を読んでみてはいかがでしょうか。

米ペンシルバニア州立大学のQing Wang教授らのグループは、独自に作製した材料「BSTナノワイヤアレイ」が、強誘電体に電場をかけることによって温度変化を生み出す電気熱量効果 (electrocaloric effect = ECE) においてすぐれた性能を発揮することを明らかにしました。この材料は、軽さ・柔軟さ・安全性などウェアラブルな(身に着けられる)デバイスに適した性質を備えていることから、人が身に着けて自分だけを冷やす「パーソナル冷房」の実現に有望とみられます。この成果を報告した論文は、Advanced Materials誌に掲載されました。

Advanced Materials

人体のごく周辺だけを局所的に冷やすパーソナル冷却技術の研究は以前から行われ、さまざまな手法が試されてきました。氷や保冷剤を使うのは技術的に簡単ですが、絶えず交換・補充が必要になります。エアコンのように気体や液体を循環させて熱交換する方法には、装置が重く身に着けるには適さないなどの難点があります。それらと比べて、電気だけで冷却が可能となる電気熱量効果の利用が有望視されてきましたが、それに用いる強誘電体が重い・固いなど身に着けるのに適していなかったり、また高性能な一部の材料は有害な鉛を含むなどの問題がありました。軽く柔軟で、また人体に危険がないよう低い電圧で作動するといったいくつもの条件を満たす材料の探索は容易ではありませんでした。

Wang教授らのグループが開発したBSTナノワイヤアレイは、強誘電体であるチタン酸バリウムストロンチウム(BST)のナノワイヤが銀のナノシート上にブラシ状に垂直に並んで生えた構造となっています。この材料は高い電気熱量効果を発揮し、試算では材料200gと36Vという低電圧で、適度な運動中の人が快適さを保てる300Wの冷却力を生み出します。この冷却力は、重量500gのリチウムイオン電池が1個あれば2時間維持できる計算になります。しかもこの材料は、布地に容易に接着でき、軽量で曲げ伸ばしに強い、また有害な鉛を含まないなど、ウェアラブルな冷却デバイスの実現に適した性質を備えています。実用化に向けては、冷却によって発生した熱を効率よく外部に排出する仕組みの開発が課題です。

近年、新興国での冷房の普及は、世界的なエネルギー消費の増加をもたらしています。実際のところ、部屋全体の空気を冷やすエアコンは、人体の周辺だけを冷やすパーソナル冷却に比べるとエネルギー効率の面で得策ではありません。ウェアラブルなパーソナル冷房の実現は、エネルギー消費の節減に加えて、消防士や高温の工場で働く従業員の安全・健康を守ることにも貢献することが期待されます。

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