風刺目的のジョーク論文はどこまで許される? 医学誌に掲載された「母親のキスは幼児のケガの痛みを和らげる効果なし」という論文に賛否

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小さな子どもが転んだりしてちょっとしたケガをしたとき、周囲の大人が「痛いの痛いの飛んでけ」と唱えるおまじないがありますね。欧米では、同じような状況で、ケガをした場所に母親が軽くキスをする習慣があるそうです。

そのような母親のキスには、子どもの軽いケガ(boo-booと呼ばれる)の痛みを緩和する効果がないことを明らかにしたとする論文が、昨年12月29日に医学誌 Journal of Evaluation in Clinical Practice の電子版に掲載されました。

カナダの医院で943組の母子を被験者として行われたというこの研究では、電熱線に触って泣き出した幼児を (1) 母親がキスするグループ (2) 別の人がキスするグループ (3) 誰もキスしないグループ に分けて、泣き止むまでの早さを比較しました。その結果、(3) のキスしないグループが最も早く泣き止み、(1)と(2)の間では有意な差がなかったとして、母親のキスは効果の認められない行為なので一時中止するよう推奨しています。

ところがこの論文は、そこに書かれた研究を実際に行っておらず、架空のデータに基づいて書かれたジョーク論文でした。しかも、同誌の編集長も、そのことを承知の上で掲載していました。

架空の研究グループを著者として発表されたこの論文を実際に書いたのは、ワシントン大学メディカルセンターのMark Tonelli教授です。近年の医療では「根拠に基づく医療」(evidence-based medicine, EBM) という考え方が重視されるようになっています。EBMでは、科学的に厳格な二重盲検法によるランダム化比較試験(RCT)から得られたデータを重視し、それを客観的な根拠として治療法の選択など医療上の意思決定を行います。そのような思潮に対して、医師個人の臨床経験から得られる知識を不当に軽視していると批判する動きもあり、Tonelli教授と編集長のAndrew Miles教授(英インペリアル・カレッジ)はともにこの立場に与していました。

関係者の声をまとめたNature誌の記事によると、両氏は、EBMの手法に潜む限界や欠陥を風刺を通じて明らかにする狙いから、このジョーク論文を執筆・掲載したとしています。医療現場では、母親のキスにも通じるような人間的な触れ合いが重要な意味を持ち、それを科学性・客観性を盾に否定するのはナンセンスだと言いたかったようです。Miles編集長は、近く同誌に掲載するEditorialで、今回の論文の掲載理由を改めて説明する予定だと語っています。

この論文は、発表直後からTwitterやネットニュース・ブログなどで大きな反響を呼びました。ジョーク論文であることを即座に見抜き、その意図に理解を示す読者が多い一方で、明確な注意書きもなしに査読誌にこのような論文を載せるのは読者の誤解を招きかねないとするこの記事のように、批判的な論調も見られます。

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