<論文紹介> 視線を追跡する「アイトラッカー」を装着した被験者は、壁にかかった水着カレンダーから目をそらすようになるが、その効果は装着開始から10分で消える

British Journal of Psychology

  •  論文  ⇒ Nasiopoulos, E., Risko, E. F., Foulsham, T. and Kingstone, A. (2014), Wearable computing: Will it make people prosocial?. British Journal of Psychology. doi: 10.1111/bjop.12080 (本文を読むにはアクセス権が必要です)

テレビの科学番組などで、視線の動きを調べる実験のために被験者がゴーグルのような装置を付けているのを目にした人は多いでしょう。この装置は「アイトラッカー」と呼ばれ、被験者の眼球の動きをカメラやセンサーでとらえて、視線を追跡できるようになっています。心理学・行動科学の実験のほか、Webサイトのインターフェースが利用者に使いやすくなっているかを確かめるためなどの用途にも使われます。

視線の追跡実験に欠かせないアイトラッカーですが、研究者にとってかなり深刻な問題を秘めてます。それは、アイトラッカーを付けることによって、被験者の行動が普段と変わってしまう可能性があることです。

カナダの心理学者 E. Risko, A. Kingstoneらは2011年の論文で、アイトラッカーで視線を監視されていると知っている被験者は、実験室の壁にかけてあるセクシーな水着女性モデルのカレンダーから目をそらす傾向が高いことを報告しました。同じ条件下で、アイトラッカーのスイッチがオフになっていると知っている被験者やアイトラッカーを付けていない被験者は、高い頻度で水着カレンダーに視線を向けました。(実はカレンダーに隠しカメラが仕込んであり、見たことが分かるようになっていました。)「自分がどこを見ているかアイトラッカーで分かってしまう」と意識している被験者は、水着カレンダーを見たいという衝動を抑えてしまうようで、このことは、アイトラッカーを使った実験は被験者の本来の行動を歪めてしまい、正しい結果が得られないリスクがあることを意味します。

goggleこの報告を行ったRisko, Kingstoneらを含む研究グループは今回、アイトラッカーが被験者に与える影響が持続的なのものか、それとも短時間で消失するのかを調べる実験を行いました。被験者に前半5分・後半6分の課題を与え、両方の終了後1分間の休憩中に視線の動きを観察したところ、アイトラッカーを全く付けなかったグループの85%が水着カレンダーを見たのに対し、後半6分だけ付けたグループでは45%に留まり、アイトラッカー装着が行動に与える影響を改めてはっきり示しました。

ところが、アイトラッカーを前半からずっと付けていたグループでは80%がカレンダーに目を向け、全く付けなかったグループの85%に近い結果となりました。被験者がアイトラッカーを10分ほど付けていればそのことを意識しなくなり、普段の行動にほぼ戻るようです。一方、同じように前半から付けていたグループに、前半・後半の間に視線の測定検査を受けてもらい、アイトラッカー装着を改めて意識させたところ、カレンダーを見る人は45%に減りました。

今回の実験で、アイトラッカーを装着した被験者は、他人の目を気にして行動を普段と変えてしまうが、その効果は10分もすればほぼ消えてしまうこと、一方、アイトラッカー装着を意識させるような刺激を与えると、その効果が再度復活することが分かりました。今後Google Glassのようなメガネないしゴーグル型のウェアラブル端末の普及が進むことについて、人が見たものを見境なく記録・公開するようになってプライバシー侵害などの問題を引き起こすと危惧する意見があり、賛否が分かれていますが、著者らは今回の結果がそういった端末のユーザー行動を予測するのに役立つと考えています。

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