<論文紹介> 化学兵器の廃棄を助ける「マイクロモーター」|8μmのチューブが液体中で化学反応により自己推進、撹拌によって無毒化反応を促進 (ACIE Hot Paper)

Angewandte Chemie International Editionシリアの内戦でアサド政権が化学兵器を使用したとされ、現地で対応に取り組む化学兵器禁止機関(OPCW) がノーベル平和賞を受賞するなど、化学兵器の問題が改めてクローズアップされる機会が増えています。化学が人を殺傷する目的に使われることは実に悲しいことですが、その一方で、廃棄の対象となった化学兵器を無毒化処理するためにも化学が使われています。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のJoseph Wang教授を中心とするグループは、液体状の毒ガスに過酸化水素などとともに投入することで無毒化のための化学反応を促進する「マイクロモーター」を開発し、その成果をAngewandte Chemie International Edition (ACIE) で報告しました。

化学兵器は、都市部から離れた遠隔地や、場合によっては危険な紛争地域に貯蔵されていることが珍しくなく、取り扱いに特別の注意を要する化学兵器を大量に処理施設に輸送するには、大きな困難が伴います。貯蔵されているその場で、しかも短時間に無毒化処理が行えれば理想的です。

mask最近、サリン・VXガスといった化学兵器を無毒化するために、過酸化水素による酸化反応が有効であることが明らかになってきました。しかし、そのためには高濃度(20-30%)の過酸化水素を投入し、長時間かかる反応の進行を待つか、反応を促進するために外部から力を加えて撹拌を行う必要があることが実用上のネックとなっています。

Wang教授らは、ポリマーと白金からなる長さ8μmのチューブ状のマイクロモーターを作り、過酸化水素とその活性剤(NaHCO3またはNaOH)および界面活性剤(NaCh)とともに、液体状の有機リン系神経ガスに投入しました。すると、マイクロチューブの白金と過酸化水素が反応して酸素の泡が発生し、その力によってマイクロモーターが液体中を動き回るため、外部の力を加えることなく液体が撹拌されました。過酸化水素の濃度を1.5%に下げて行った実験では、マイクロモーターを投入しなかった場合は20分間でほとんど反応が進行しなかったのに対し、投入したほうでは酸化反応が顕著に進行し、マイクロモーターの効果が確認されました。

同グループでは今後、有機リン系以外の兵器の無毒化にも適した反応条件を調べるとともに、マイクロモーターの運動が反応収率に与える影響についてさらに研究を進めるとのことです。

今回の報告を行ったJoseph Wang教授は、今年2013年に物理化学の栄誉ある賞Spiers Memorial Awardに輝いた、ナノエンジニアリングの有力な研究者です。当ブログでは、これまでに同教授の新著Nanomachinesや最近の成果「人の汗から発電するバイオ燃料電池」もご紹介しています。

■ この論文は、ACIEで重要論文”Hot Paper”に選ばれました。ACIEでは、注目を集めている分野での研究で、編集委員が特に重要性を認めた論文をHot Paperとしています。
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