<記事紹介> 研究費助成の配分にピアレビュー審査は要らない? 研究者の負担が重い現行制度の大胆な改革案をめぐる論争(EMBO reports)

money科研費に代表される研究費助成の配分は、それぞれの専門分野をよく知る研究者を審査委員とするピアレビュー審査によって決まるのが一般的です。研究者からの申請書を専門知識に基づいて評価するための制度ですが、それに関わる申請者・審査委員の双方にとって時間的・労力的な負担が重いことを問題視する人もいます。米国で基礎研究への助成の中心をなす国立科学財団(NSF)では、2012年だけで1万7千人以上の研究者から提出された53,356件もの申請書を審査したとのことで、そういった審査に費やされる時間を本来の研究活動に振り向けることができたら、と考える人が出てきても不思議はありません。

EMBO(欧州分子生物学機構)の速報誌 EMBO reports の2014年2月号で、米インディアナ大学の情報科学者 Johan Bollen氏らは、ピアレビュー審査に代わる研究費助成の新しい配分制度を提案し反響を呼びました。その方式では、すべての研究者は助成機関から同じ金額(例えば1千万円)を一律に受け取ったのち、その中から一定の割合(例えば50%)を、助成を受けるにふさわしいと思われる別の研究者に譲渡し合います。結果的に、多くの研究者仲間からの支持を集めた研究者が多くの資金を得るようになります。少数の審査委員による評価の代わりに、不特定多数の研究者たちの評価の総計によって助成金の配分が決まる、いわば「集合知」を利用したシステムといえます。

EMBO reportsBollen氏らは、この方式を採用することで、これまで申請と審査に要してきた時間とコストを一気に削減できるとともに、論文の本数や掲載誌の格を競う”Publish or Perish”のプレッシャーを緩和できると考えます。その一方で各研究者には、自分の研究の成果や意義を、研究者コミュニティや社会全体に対して強く発信する力が求められるようになります。

  • Bollen, J., Crandall, D., Junk, D., Ding, Y. and Börner, K. (2014), From funding agencies to scientific agency. EMBO reports, 15: 131–133. doi: 10.1002/embr.201338068 (本文を読むにはアクセス権が必要です。以下同じ)

この大胆な提言に対して、英ケンブリッジ大学で科学論を専攻する Shahar Avin氏 は同誌の5月号に「研究費助成のピアレビュー審査がまだ必要な理由」と題した反論を寄稿しました。その中でAvin氏は、Bollen氏らの提案する制度では (1) 研究そのものの価値ではなく、友人関係や共同研究の可能性といった利害関係が配分に影響するようになる (2) これまでの常識を裏切るような革新的な研究に資金が向かいにくくなる (3) ごく少数の「スーパースター」に資金が集中し、研究の多様性が失われる といった問題点を指摘しました。

それに対してBollen氏らは同じ号で、革新的な研究者は数人の審査委員の判断に左右されることなく、だれからでも助成金を受け取れるようになる、またスーパースターへの資金集中は、他の研究者に渡す金額の割合を調整することで緩和できる などと反論した上で、机上の空論であれこれ言い合うのではなく、実際に採用したらどうなるか実験してみてはどうかと提案しています。

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