インパクトファクターの濫用に反対する宣言DORAに対しAngewandte Chemie編集長は部分的に不賛同を表明、その理由は?

先月6月は、毎年ジャーナルのインパクトファクター(IF)が発表される月で、ジャーナルの編集部や出版社は、毎年この時期を緊張をもって迎え、トムソン・ロイターからの発表を固唾を飲んで待つのが恒例となっています。しかし今年はこれまでと若干様子が違い、各出版社が自社ジャーナルのIFを発表する際のトーンが、少し控えめだったかもしれません。おそらくその背景には、IFの濫用に反対する宣言DORA(The San Francisco Declaration on Research Assessment)の影響があったようです。

library当ブログの最近の記事でも取り上げましたが、DORAは2012年12月にサンフランシスコで開催されたThe American Society for Cell Biology (ASCB)の大会の場において、Science, Molecular Biology of the Cell, EMBO Journal, the Journal of Cell Biologyなどの有力誌を含む細胞生物学分野のジャーナルの編集長らの協議によって採択された宣言です。

その骨子は、次の3項にまとめられています。

  • The need to eliminate the use of journal-based metrics, such as Journal Impact Factors, in funding, appointment, and promotion considerations (研究助成の採否や研究者の採用・昇進の判断材料に、IFのようなジャーナルベースの評価指標を使うのをやめる必要がある)
  • the need to assess research on its own merits rather than on the basis of the journal in which the research is published (研究成果の評価は、論文がどのジャーナルに掲載されたかではなく内容的価値そのもので行われるべき)
  • the need to capitalize on the opportunities provided by online publication (such as relaxing unnecessary limits on the number of words, figures, and references in articles, and exploring new indicators of significance and impact) (学術出版のオンライン化によって実現された、論文の語数・図表数・レファレンス数の不必要な制限の緩和や、重要性・インパクトの新しい評価指標の探求といった機会を活用すべき)

DORAのサイトでは賛同者にオンライン署名を呼びかけ、既に多くの研究者や学協会、ジャーナルの編集部などが署名しています。しかしその一方で、編集者や出版関係者の中にはDORAに対する反対意見もあり、出版界が一枚岩となって全面的にDORAを支持しているわけではないようです。Wileyの学術情報ブログExchanges Blogでは、Wileyの市場調査・分析担当Associate Directorを務めるIan Craigがそういった反対意見の例を取り上げ、DORAをめぐる議論を多角的にとらえようと試みています。

 ⇒ DORA and the Impact Factor debate (July 1, 2013, Exchanges Blog)

最初に登場するのは、ドイツ化学会の公式誌で化学分野のトップジャーナルのひとつであるAngewandte Chemieの編集長Peter Goelitzです。彼は以前から、同誌のEditorialで「インパクトファクターマニア」批判を展開するなど、IFを過度に重視する風潮に再三懸念を表明してきました。しかし、その延長線上にあるように見える今回のDORAには、部分的に不賛同であるとして署名しない意向を示しています。彼は、DORAの骨子である上記3項のうち最初の2項を支持する一方で、第3項中の「新しい評価指標の探求」は誤った方向に向かうものだと批判します。彼は、最近注目されている”Article-level metrics”(論文単位の評価指標)のような新しい指標も、いずれはIFと同じように”engineering”(人為的な操作)の対象になることは避けられないとして、むしろジャーナルや論文を”metricizing”(計量的に評価)すること自体に反対するほうが望ましいと主張します。また彼は、第3項は論文の長さや文献の引用、新しい評価指標といった種類の大きく異なる問題を一緒に取り上げたために、趣旨が曖昧になっていると考えています。

一方、出版社としてのWileyは、DORAで上記3項に基づく具体的提言として示されたうちの第9条(論文のレファレンス一覧の再利用に対する制限を撤廃する)は、知的財産権上の事情(コンテンツに対する権利を、Wileyではなくジャーナルを共同出版する学協会の側が持っている場合がある)から同意できる立場にないなどの理由から署名していませんが、Wileyが出版するジャーナルの個々の編集者や共同出版のパートナーである学協会が署名するのは問題ないというスタンスです。

このように、DORAの細かい部分については出版界でも賛否が分かれていますが、上記のブログ記事が最後にまとめているように、関係者がインパクトファクターやその他の指標それぞれの限界をわきまえた上で正しい目的・方法で利用するとともに、一つの指標に過度に依存せず、複数の指標を使って総合的に判断を行うのが望ましいという根底をなす考え方に対しては、研究者や研究評価者を含めて多くの人の賛同が得られるのではないでしょうか。

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