長崎市原爆被爆者の前立腺癌罹患に対する放射線被曝の影響を解析

Effects of radiation on the incidence of prostate cancer among Nagasaki atomic bomb survivors日本癌学会の公式英文誌であるCancer Scienceより、長崎市原爆被爆者の前立腺癌罹患に対する放射線被曝の影響を解析した論文が出版されました。筆頭著者である、長崎大学の近藤久義先生により論文のご紹介をいただきましたので、全文と供に是非ご一読ください。

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 ⇒Effects of radiation on the incidence of prostate cancer among Nagasaki atomic bomb survivors

Hisayoshi Kondo, Midori Soda, Mariko Mine, Kenichi Yokota

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長崎大学原爆後障害医療研究所 近藤久義先生によるご紹介

 原爆被爆者では、乳癌や泌尿器癌など多くの臓器で放射線被曝による発癌リスクの増加が報告されているが、前立腺癌に関しては、明確なリスクの増加は報告されていなかった。この理由の一つとして、前立腺癌は発癌後に臨床症状が出現するまでの期間が長いという特徴があり、罹患者の把握が十分できていなかったことが考えられる。近年、生活様式の欧米化に加え、PSA検査などにより早期の前立腺癌を把握することが可能となり、罹患数が急増している。前立腺癌の自然史を理解する上においても、罹患数が増大した期間で原爆放射線と前立腺癌罹患との関連を評価することは意義があると考えられる。

 本研究では、前立腺癌の罹患数が増大した1996~2009年における、長崎市原爆被爆者の前立腺癌罹患に対する放射線被曝の影響を、被爆時年齢とattained age、喫煙状況、飲酒状況の違いを考慮して評価した。対象は、1996年に長崎市内に在住し、喫煙と飲酒の情報が得られた長崎市男性原爆被爆者18,409名である。初めに、対象を、原爆爆発時に長崎市内に在住し爆心から2km未満の距離で被爆した近距離被爆群と2km以遠で被爆した遠距離被爆群および爆発から2週間以内に爆心地付近に立ち入った入市群に分類した。次に、長崎県がん登録の資料により、1996~2009年に対象に発生した前立腺癌罹患例を確認した。前立腺癌罹患に対する放射線被曝のリスク推定に関して、Cox回帰モデルを用い、前述の共変量の影響を考慮して解析を行った。また、前立腺癌を進行度(限局か否か)およびGreeson Score(GS)を用いた悪性度により分類し、それぞれの放射線被曝によるリスクを推定した。

 観察期間中に確認された前立腺癌罹患数は631例であり、そのうち、限局癌が231例、進行癌が160例、進行度不明が240例であった。また、低悪性度(GS=<6)癌が193例、中悪性度(GS=7)癌が123例、高悪性度(GS=>8)癌が138例、悪性度不明癌が177例であった。前立腺癌診断時の平均年齢は74.3歳、限局癌では平均年齢が他の癌よりも少し若かったが、その他の癌の診断時平均年齢には大きな差はなかった。

 遠距離被爆群に対する近距離被爆群の前立腺癌罹患の相対リスク(RR)が有意に高かったのは、全癌(RR=1.51, 95%CI:1.21, 1.89)と限局癌(RR=1.80, 95%CI:1.26, 2.57)および高悪性度癌(RR=1.88, 95%CI:1.20, 2.94)であった。遠距離被爆群に対する入市群の前立腺癌罹患の相対リスクはやや低い傾向にあったが、有意ではなかった。また、毎日飲酒群は非飲酒群に比べて前立腺癌の罹患リスクが高く(RR=1.24, 95%CI:1.04, 1.30)、喫煙群は非喫煙群より罹患のリスクが低かった(現在喫煙群のRR=0.72, 95%CI:0.60, 0.87)。

 近距離被爆群で前立腺癌罹患リスクが高い真の理由は現時点では不明であるが、発癌の原因となるDNAの二重鎖切断を含む遺伝子の損傷が原爆放射線により引き起こされることは良く知られており、同様の現象が前立腺においても起きている可能性がある。

 今回、長崎の原爆被爆者集団を用いた解析により、近距離被爆群は遠距離被爆群や入市群と比較して前立腺癌の罹患リスクが高いという結果が得られ、高線量の放射線被曝が前立腺癌の成長に影響する可能性が示唆された。

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