93歳でドイツの国際学会に参加し、自らポスター発表を行った故・野副鉄男博士|生涯続いた化学への情熱を伝えるエッセイ (The Chemical Record)

日本化学会の英文誌The Chemical Recordで進行中の、東北大学で活躍した有機化学者 故・野副鉄男博士(右写真・1902-1996年)が残した世界の化学者との交流を伝える1200頁のサイン帳復刻企画を記念して、生前の野副博士をよく知る化学者によるエッセイが同誌に連載されています。最新のエッセイでは、米ボストンカレッジのLawrence T. Scott教授が、野副博士が創設に深く関わり現在も続く国際学会International Symposium on Novel Aromatic Compounds(ISNA)にまつわる貴重な思い出を披露しています。

 ⇒ Scott, L. T. (2013), Facets of the Tetsuo Nozoe Legacy Immortalized in an Enduring Series of International Symposia on Novel Aromatic Compounds (ISNA). Chem. Rec.. doi: 10.1002/tcr.201300038 (本文を読むにはアクセス権が必要です)

芳香族化合物に関する国際学会ISNAが始まったのは1970年、その年に野副教授が東北大学を退官したのを記念して、同分野の著名な化学者が各国から仙台に集まって開催されました。この第1回大会が大成功を収めたため、ISNAはそれ以降も開催地を変えて当初は3~4年ごと、その後2005年からは2年ごとに継続開催されるようになりました。今年2013年の8月には、台北で第15回大会 (ISBNA-15) が開かれています。(過去の大会での招待講演は、IUPACのサイトでオープンアクセスで公開されていて、第1回の野副博士の講演まで遡って読むことができます。)Scott教授は1977年のISNA-3に初めて参加、その後は全ての大会に参加し、1992年のISNA-7ではプログラム委員長を務めるほど熱心に関わってきました。

presentationScott教授によると、東北大退官後も花王で研究を続けた野副博士は、ISNAへの参加を毎回欠かしませんでした。野副博士にとっての最後のISNAは、亡くなる8か月前の1995年にドイツのブラウンシュヴァイクで開かれたISNA-8でした。このとき93歳になっていた博士は、何と自分のラボの研究成果のひとつを自らポスター発表したそうです。そのポスター会場に立ち寄ったScott教授は、博士が自分の3分の1の年齢しかない他の発表者たちに囲まれながら、若いころと同じ情熱をもって研究成果を隅々まで語る様子を鮮明に記憶しています。

そのISNA-8では、野副博士のエピソードがもうひとつあります。大会の最後、主催者が研究の現状と今後の展望を総括する「閉会の辞」の途中に発言を求めた博士は、自論を滔々と語り、そのうちに閉会予定の13時が過ぎてしまいました。司会者が野副博士への敬意から博士のコメントや質問に逐一答え、聴衆が博士の衰えを知らない熱意に圧倒される中、気が気でなかったのは博士に同行した弟子の化学者たちです。彼らはその日、博士を囲んでのディナーを計画していて、13時56分発の電車でゲッチンゲンに移動することになっていたからです。駅への移動には充分な時間があるはずでしたが、博士によって閉会が遅れることは想定外でした。幸い、博士の熱く長い話は間もなく終わり、一行は予定の電車に何とか間に合いました。

Scott教授はこのエッセイで、ISNA-8のポスター会場や終了後のディナーでの野副博士の姿をとらえた写真や、ポスター発表の抄録など貴重な資料を掲載するとともに、博士やその弟子の化学者たちとの個人的な交流の思い出を語っています。偉大な日本人化学者の足跡を知り、最晩年まで変わることのなかった化学への情熱に触れることのできるこのエッセイ、ご一読をおすすめします。

■ 野副教授のサイン帳の復刻は、The Chemical Record誌の2012年10月号以降の各号に連載されているほか、特設サイト(無料公開)でもご覧いただけます。

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