ヒトプリオン病を分子、細胞、集団生物学の視点から考察|Mark W. Head氏による総説 【無料公開中】

Neuropathology cover日本神経病理学会の公式英文誌Neuropathologyから、気鋭のプリオン研究者であるMark W. Head氏によるヒトプリオン病の総説が出版されました。Neuropathology編集委員長の岩城徹先生(九州大学大学院医学研究院神経病理学教授)からのご紹介と和文抄録と併せて、是非ご一読ください。

当総説には無料で全文にアクセス頂けます
⇒原文 Human prion diseases: Molecular, cellular and population biology
和文抄録

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 Neuropathology編集委員長 岩城徹先生によるご紹介 

著者のDr. Mark W. Headは英国Edinburgh大学のNational CJD Research & Surveillance Unitに所属する気鋭のプリオン病研究者である。昨年6月に開催された第53回日本神経病理学会に招待演者として特別講演を行なった。本論文はその時の発表内容をもとに書かれたプリオン病の総説である。プリオン病と病原因子とされるプリオン、その主成分であるプリオン蛋白の遺伝子多型に関するオーバービューに始まり、その病態に関して、蛋白化学から細胞生物学そして疫学的視点にまで至る広い視野から考察している。とくに英国における変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の社会的な問題点について詳しく紹介している。vCJDでは異常プリオン蛋白質が扁桃体や虫垂にあるリンパ組織中に蓄積するが、手術で摘出された標本を用いた組織学的な調査によって、現在の有病率が1:4000から1:2000に上方修正されている。vCJDは輸血によって伝播することが知られており、この場合もBSEから伝播したvCJDと同様な病像で区別がつかない。さらに輸血による伝播の場合、コドン129がMVのヒトでも感受性がある事が分かり、vCJDの発症が収束して来たとはいえ、決して過去の疾患とは言えない現状にある。2008年に新たにprotease-sensitive prionopathyが報告されたが、最も多い孤発性CJDについてもその病因と多様性について未解決な点が多い。この論文によってプリオン病に関する課題を整理して知る事ができる。

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 和文抄録 

以前はあまり注目されて来なかった神経変性疾患であるクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob Disease:CJD)が、ここ20年間に劇的に関心を呼ぶようになった。その理由の一端は、伝達性海綿状脳症の病因は独特のエピジェネティックな機構によるというプリオン仮説の新規性にある。さらにイギリスにおける牛の新型プリオン病(牛海綿状脳症:BSE)の突発とそれにより、潜在的にイギリスの人口の大部分が食事連鎖を通してプリオンの感染にさらされるという一連の出来事にも由来している。BSEに起因する新規の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の症例数は収束して来ており、イギリスでは2000年にピークを迎え、その後は減少している。しかしながらBSEとvCJDの影響は広範囲に及んだ。変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の推定罹患率は、実際の症例数から想定されるよりも大幅に高く、臨床で輸血や臓器移植、細胞療法に携わっている人間には難しいジレンマを突きつけている。この間、ヒトプリオン病の臨床病理像が精査され、プリオン病の異なる病型とその表現型の広がりを説明するための分子レベルでの分類体系が発展してきた。さらにヒトと動物のプリオン病に対するサーベイランスが強化され、改良された診断技術により、新たなヒトと動物のプリオン病が発見された。最後にプリオン仮説が広く受け入れられるようになり、その考えが他の領域にも適応されるようになった。たとえば真菌の染色体外遺伝、記憶形成に関する長期増強、アルツハイマー病やパーキンソン病および筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった様々な神経疾患における分子レベルでの病態の広がる機序等が含まれる。分子および細胞レベルにおける研究は、ヒトプリオン病の一層の理解を促進し、病理診断の支えとなり、また公衆衛生上の政策決定に関する情報を供給することができる。

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