<論文紹介> 近赤外分光イメージングが解き明かす絵画の制作技法 (Angew. Chem. Int. Ed.から)

絵画に使われている絵の具の成分を調べるには、さまざまな分析化学的手法が用いられます。油絵の大作のような場合であれば、ミリグラム単位のごく少量の絵の具を試料として採取すれば、正確な分析ができるそうです。

しかし、作品のサイズが小さかったり、素材が傷みに弱いために絵の具の採取が困難なこともあります。羊皮紙に描かれた中世の彩飾写本などはその典型で、非破壊的に分析する際にも、強い光の照射や湿度・温度の変化を避け、細心の注意を払って扱う必要があります。これまでに無機成分の分析に関しては技術が進歩しましたが、絵の具のバインダー(顔料と混ぜ合わせるつなぎ)のような有機成分の分析には、高価な中赤外顕微鏡や強い光の照射が必要となるなど特に困難が伴ったそうです。

このほどAngewandte Chemie International Editionに掲載された論文で、米ワシントンのナショナル・ギャラリーに勤めるJohn K. Delaneyらの研究チームは、新しい近赤外イメージ分光器を用いて行った中世彩飾写本の分析について報告しています。分析の対象となったのは15世紀にロレンツォ・モナコ (Lorenzo Monaco)によって描かれた彩飾写本の一葉で、装飾的に書かれたEの文字の中に祈りを捧げる預言者の姿が描かれたものです。

Delaneyらは、作品に強い光を当てることなく高解像度でバインダーの成分を分析することに成功しました。その結果、当時の彩飾写本では卵白かアラビアゴムをバインダーとして使うのが一般的でしたが、この作品では、預言者を描いた部分に限って、卵黄とみられる脂肪を含むバインダーが使われていることが分かりました。今後、分析を多くの作品に広げることによって、ロレンツォ・モナコ以外に当時の画家が卵黄をバインダーに使った例があるかといった研究が進むと期待されます。

☆ 化学ニュースサイトChemistry Viewsに論文内容の紹介記事が掲載されています。
 ⇒ Chemistry Views – IR Spectroscopy to Analyze Art Works

☆ 元の論文はEarly Viewとしてオンラインで先行公開されています。(本文を読むにはアクセス権が必要です)
 ⇒ Ricciardi, P., Delaney, J. K., Facini, M., Zeibel, J. G., Picollo, M., Lomax, S. and Loew, M. (2012), Near Infrared Reflectance Imaging Spectroscopy to Map Paint Binders In Situ on Illuminated Manuscripts. Angew. Chem. Int. Ed.. doi: 10.1002/anie.201200840

カテゴリー: 論文 パーマリンク