<記事紹介> なぜ研究者は「ハゲタカジャーナル」で論文を出版してしまうのか

Credit - MedioTuerto/Getty Images

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論文のオープンアクセス出版の広がりとともに、粗悪なジャーナルを発行する「ハゲタカ出版社」(predatory publishers)が次々と登場し問題視されるようになったのは多くの方がご存知の通りです。ハゲタカ出版社とは、著者から徴収するオープンアクセス出版料金(Article Processing Charge = APC)を目当てに論文をかき集め、まともに査読を行わないなど詐欺的な活動を行う悪徳出版社の総称です。ハゲタカと目される出版社の情報をまとめたブラックリストとしては、Beall’s Listが知られています。皆さんも、聞いたことのない怪しげな出版社から論文投稿を勧誘するメールを受け取ったら、このBeall’s Listに載っていないかチェックしてみて下さい。

ハゲタカ出版社の存在は何年も前から広く知られているのに、その勢いが一向に衰えないのは、彼らのジャーナルに投稿する論文著者が後を絶たないからにほかなりません。それでは、なぜ研究者はそういった出版社の、いわば「ハゲタカジャーナル」で論文を出版してしまうのでしょうか。それを考察したエッセイが、看護学のトップジャーナルのひとつ The Journal of Advanced Nursing (JAN) に掲載されました。看護学に限定されず幅広い分野の読者のためになる内容ですのでご紹介します。著者の二人は、それぞれカナダとオーストラリアの大学に勤める看護学教授です。

このエッセイで著者は、どの分野にもまともなジャーナルが多数存在するにもかかわらず、研究者があえてハゲタカジャーナルに論文を投稿する理由を5つ挙げています。

I do not care about my external reputation(自分の評判を気にしない)

ハゲタカ出版社が真っ先にターゲットにするのは、高等教育制度が十分に確立されていない貧しい国の、経験不足な研究者です。そういった著者は、とにかく論文を出版しさえすれば周囲から評価を得られると考えてしまい、影響力の高いまともなジャーナルとハゲタカジャーナルのどちらに論文が載るかで自分の評判が大きく変わることに気づいていません。

ハゲタカジャーナルに載った論文は、実際の内容の良し悪しに関わらず読者から疑いの目で見られてしまい、またそれを自分の研究業績として載せることがむしろマイナスに働くことを、研究者は知っておく必要があります。論文の投稿先を決める際に、所属先でオープンな議論を行い、若手研究者には指導教員らが投稿先ジャーナルの選び方を正しく指導することが重要と著者らは指摘しています。

I do not believe in myself or my work(研究者としての能力や研究成果に自信がない)

多くのジャーナルから何度もリジェクトの判定を受けて自信を喪失した研究者は、確実にアクセプトしてくれそうなハゲタカジャーナルに頼ってしまいがちです。指導教員らが若手研究者に自信を与え、信頼できるジャーナルに投稿する意欲をもたせることが重要です。

Publication numbers count most(論文の数さえ増えればよい)

「年にX報」といったように論文数だけが業績評価の対象になると、簡単に数を稼げるハゲタカジャーナルに研究者の目が向くことは避けられません。業績評価を行う側がリーダーシップを発揮し、各研究者が信頼のおけるジャーナルで論文を出版するよう方向づけることが求められます。

I cannot be bothered to read(不注意)

ハゲタカ出版社はしばしば、著名なジャーナルにそっくりな雑誌名を使うなどして、研究者をあの手この手で引っかけようとします。研究者は出版社の正体をしっかり見極める必要があり、また指導教官らが模範を示すことも求められます。

I have given up(無責任)

中には投稿先がハゲタカジャーナルであることも、その害悪も承知したうえで、そこに論文を出すことをためらわない無責任な研究者もいるようです。そういったジャーナルで出版すると、研究者個人だけでなく所属機関の評判を傷つけることにもつながります。研究者一人ひとりの自覚と、研究者を取り巻く文化のあり方が重要です。

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