<論文紹介> コンピュータによる有機合成経路の探索技術はどこまで進んだか / プログラムChematicaの開発者Grzybowski教授らによる総説 (ACIE)

Credit - agsandrew/Shutterstock

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Googleの人工知能(AI)囲碁ソフトが世界トップ棋士を破ったことが大きなニュースになりましたが、それと似たような動きは、有機合成化学の分野でも着実に進行しているようです。合成経路の探索にコンピュータを利用するという構想は、約50年前まで遡ることができますが、その後の計算能力の飛躍的な向上と、反応データの解析手法の進歩によって、複雑な化合物の最適な合成経路を数秒~数分という短時間で特定できるようにする技術的な下地が整ってきました。

この分野の先駆的な研究者のひとりであるポーランドのBartosz Grzybowski教授(現韓国・蔚山(ウルサン)科学技術大学校)らは、このほどAngewandte Chemie International Edition (ACIE) で発表した30ページ以上になる総説で、同教授らや他のグループによるこれまでの研究の展開と成果をまとめています。(Chem-Stationさんの過去記事『有機合成化学者が不要になる日』では、同教授の2012年の論文を紹介しています。併せてのご一読をおすすめします)

Angewandte Chemie International Edition

コンピュータによる合成経路の探索は、現在ではSciFinderやReaxysのような、日常的に用いるデータベースでもある程度可能になっています。しかし、数十工程にも及ぶ天然物全合成の経路探索では、将棋の手を何十手先までも読むのと同じように選択肢の数が膨大になり、それらすべてを評価していくのは、現代のパワフルなコンピュータの助けがあっても現実的ではありません。Grzybowski教授らが開発したプログラムChematicaは、有機合成反応をネットワーク化したデータベースthe Network of Organic Chemistry (NOC)を効率的に検索するアルゴリズムを備え、全経路のうち特定の部分について最適な経路が予め分かっているときは、それ以外の選択肢の検討を省略します。この手法によって、全合成の有名なターゲットである抗がん剤タキソールの「最大50工程までで最も低コスト」な合成法を、3億通り以上の選択肢の中から、デスクトップPCを使ってわずか7秒で導くことができます。この検索の様子は、Supporting Informationで動画として公開されています。

上記は過去に文献で報告された反応の中から最適な組み合わせを探索する方法ですが、目的とする化合物の合成法を探る「逆合成解析」では、これまで未報告の反応を含めて検討が必要となるため、さらに難度が高まります。これについてもさまざまなアプローチが試みられてきましたが、Grzybowski教授らのグループが開発したSyntaurusというプログラムは、各反応が進行するための条件(例: 「ある官能基が存在しないか、適切に保護されている」など)についての情報をデータとしてもつことで、実際に起こりえない反応の検討を回避するなどの工夫がなされ、合成経路の効率的な探索を可能にしています。

こういったコンピュータ支援による合成計画には、まだ克服すべき課題も多く残っていますが、同教授らは総説のサブタイトルにもなっている”the end of the beginning”(始まりの終わり)というフレーズを使って、コンピュータの能力向上と手法上の進歩により、実用化に向けての新たな段階に入ったことを強調しています。その一方で同教授は、全合成の大家が発揮する創造性に、コンピュータはまだ対抗できないだろうと文中で語っています。コンピュータが化学者を不要にするのではなく、化学者がより創造的な仕事に打ち込むための手助けをしてくれるような形での発展を期待したいものです。

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