Chemistry Viewsの連載エッセイ「サッカリンの物語」第3話 / 米国を揺るがした1970年代の発がんリスク騒動

saccharin化学ニュースサイトChemistry Viewsで9月に連載が始まったエッセイ “The Saccharin Saga” (サッカリンの物語) は、ベルリン自由大学の元教授で化学ライターのKlaus Roth氏らが2011年にドイツ語で発表したエッセイを英語訳したもので、世界初の人工甘味料サッカリンをめぐる豊富な歴史的エピソードを紹介します。(月1回連載・全6回で完結予定) 先に公開済みの第1話・第2話はサッカリンの発見とその後の生産流通の拡大を取り上げましたが、今回掲載された第3話は、1970年代に米国を揺るがしたサッカリンの発がんリスク騒動の顛末を描いた興味深い内容になっています。原文は下のリンク先からお読みいただけます。

19世紀の終わりにドイツで生産が始まったサッカリンは、20世紀初めに米国に伝わり、糖尿病患者や減量をめざす人のための砂糖の代用として、また加工食品用の甘味料として重用されるようになりました。米国ではそれと並行して、原材料を偽った粗悪な食品・医薬品の増加への対策として、1906年に The Pure Food and Drug Act(純正食品・薬品法)という消費者保護法が施行されました。この法律は本来サッカリンとは無関係でしたが、サッカリンを有害視していた農務省化学局長のHarvey W. Wiley博士は、この法律をサッカリンに適用してコーン缶詰への使用を禁止、業界側との間で激しい対立を引き起こしました。

両者の間に入ったルーズベルト大統領は、サッカリンの健康リスクを評価するための専門家委員会を設置しますが、その委員長に指名されたのが誰あろう、連載の第1話にも登場した化学者Ira Remsenです。この指名はきわめて皮肉なものでした。Remsenはサッカリンの発見者で最初の製造者でもあるConstantin Fahlbergの共同研究者でしたが、Fahlbergの裏切りによって貢献を無視されたことから、彼を強く憎んでいたのです。Fahlbergがドイツに設立したサッカリン工場は、当時米国向けの輸出に大きく依存していたため、サッカリンの安全性評価を左右できる立場を得たRemsenに又とない復讐のチャンスが到来しました。しかしRemsenは私怨を抑え、サッカリンの安全性の科学的評価に努めます。その結果、彼の委員会はサッカリンは無害という結論を出し、宿敵 Fahlbergの会社は難を逃れました。

Credit - Oleksiy Mark/Shutterstock

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その後サッカリンは、特にダイエット飲料の甘味料として米国の消費者に定着しましたが、1970年代になって状況を大きく動かす事件が起こります。FDA(アメリカ食品医薬品局)は、1959年から再三にわたって、サッカリンを健康に無害な物質と評価していましたが、1977年3月になって突然判断を覆したのです。

そのきっかけとなったのは、大量のサッカリンを摂取したラットで膀胱がんのリスクが高まるというカナダの研究で、それに直ちに反応した同国のラロンド厚生大臣は、サッカリンの危険性を世界各国に向けて訴えるとともに、国内でダイエット飲料への使用を全面的に禁止しました。FDAには、このカナダの動きに同調せざるを得ない事情がありました。人または動物でわずかでも発がん性が認められる食品添加物を認可してはならないと定めた「デラニー条項」と呼ばれる法律があったためで、この条項に基づいてサッカリンの使用禁止が発令されました。

問題のカナダの研究は、ラットにサッカリンを5%含む餌を2世代にわたって与えたところ、第1世代では100匹あたり3匹に、また第2世代では100匹あたり14匹に膀胱がんが見られたというものです。この実験でのサッカリンの量は、ラットの体重1kgあたり2500mgに相当し、人間に換算すると毎日800本以上のサッカリン入り飲料を生涯にわたって飲み続けるに等しいという非現実的な実験条件でした。研究者たち自身も、実験結果を直ちに人間に適用することには否定的でしたが、そういった慎重な声は、メディアなどによる騒ぎの中でかき消されてしまいました。

Credit - mediaphotos/Getty Images

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しかし、米国全体がサッカリン禁止に動いたわけではありません。サッカリンを求めるアメリカ人が、販売が続くドイツなどの観光地で棚が空になるまで買いあさるといった光景が見られました。新しく就任したカーター大統領らに届いたサッカリン禁止への抗議の手紙は約100万通にもなったと言われ、国民の減量を支援する団体も抗議を強めました。そうした中で、1977年11月にサッカリンに対するデラニー条項の適用を18か月間停止するとともに、サッカリン製品は警告表示を付けて販売再開を認め、並行して安全性を確認する研究を行うという決定が下されました。

サッカリンの安全性研究は18か月では終わりませんでしたが、さまざまな実験のほか膀胱がん患者を対象にした疫学的研究、またサルを用いた動物実験なども行われ、結局サッカリンの発がん性をしめす研究結果はひとつも出ませんでした。サッカリン禁止の一時停止は延長が繰り返された後、2000年になってついにサッカリンが発がん性物質のリストから除外されました。警告表示の義務も2001年に廃止されました。

このようにして、「歴史上最も徹底的に研究された食品添加物」となったサッカリンは安全性が確認されましたが、その人気は、味に優れた新種の甘味料に押された結果、1980年代をピークに緩やかに下がってきています。とはいえ、価格や化学的安定性の面で優位にあるサッカリンは、今後も当面は重要な役割を果たすだろうと著者Roth氏は見ています。

上のリンク先にある原文では、安全性研究などについてさらに詳しい内容が盛り込まれていますので、興味のある方はぜひご一読下さい。連載はこのあとさらに3話続き、サッカリン以外のさまざまな天然・人工甘味料についての話を展開する予定です。

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