アメリカの癌研究: 規制強化による時間のロスと高コストが研究の海外流出を招く現状

Cancer Research in the United States Dying by a Thousand Paper Cuts日本では欧米諸国に比べ、新薬や医療機器が承認されるまでたいへん時間がかかると言われていますが、アメリカもお役所的な規制により生じるコストの負担等から癌研究の進展が妨げられてると報告されています。この度アメリカがん協会の公式誌Cancerに、アメリカの癌研究の現状を解説するコメンタリーが出版されました。

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Cancer research in the United States: Dying by a thousand paper cuts
Hagop Kantarjian, David J. Stewart, Leonard Zwelling

二十世紀は医療が飛躍的に進歩しましたが、それと同時に多くの非人道的な人体実験が行われた時代でもありました。1930年代から1940年代初期にナチスによって行われた人体実験の後、ニュルンベルク綱領(1947年)、ヘルシンキ宣言(1964年)、アメリカ保健教育福祉省教育ガイドライン(1971年)等を始め、臨床試験に対する様々な行動規範が制定されました。このようにもともと患者を守るために制定された規範が今はかえって重荷となり、それによって臨床試験に参加できない患者にとってむしろ害を及ぼす結果となっています。

また、臨床試験の一人当たりのコストが急上昇しています。1980年代に$10,000だったのが、2011年には$47,000となり、インフレ率よりも急速に上昇しています。この急上昇は開発業務受託機関(CRO)業界と連動しており、恐らくより多くの不必要なお役所業務が加わったため、コストが上がった可能性があります。その他に、1960年代に比べ今では新薬発見から販売までの期間が平均5年も遅くなっています。より厳しい規制の結果、安全性が高くなっているとの試算ですが、実際にはその間多くの患者を救えた可能性があります。さらに、研究者が正しく研究を行うためのガイドラインの役割を担っていたはずのプロトコルが、1980年代は10-20ページの量であったのに対し、現在では平均100-200ページまで膨れ上がっています。簡潔で有益であった情報源が、増え続ける規制の重荷と訴訟のため、今ではプロトコルは契約的な要素が濃くなっています。

アメリカの癌研究が停滞状態にあるため、多くの研究はヨーロッパなど、コストがより低く、規制が効率化された国外に流出しています。著者であるテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターのHagop Kantarjian博士らは、癌研究の進展の妨げとなっているハードルを洗い出し、費用便益と患者の安全性の側面から分析し、規制撤廃策の開始を提案したいと語っています。また、解決案として、プロトコル書類の簡潔化、不要な検査の省略、患者がサインする同意書の簡潔化などを取り上げています。

最後に著者は「多くの癌研究者からは『この状況は絶望的で現在のシステムを変えることは不可能』という声を聞くが、現在のシステムを作り上げたのは自分たちであり、我々には改善する責任があり、またその能力もあるはず。但し、医師らが各々の責任を認め、変えていくために主導権を握る必要がある」と締めくくっています。

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